手仕事屋 ぽっかり堂の毎日。

本物とは。

本当に人の痛みに寄り添うってどういうことかと考えさせられる日々です。

したくてもできない人に、一般常識や世間体で正しいことをこんこんと言い続けるって、それは残酷。
言う人はそれを愛だと思って、良かれと思って言うのだけど、聞いているほうにしたら温度差がありすぎて滑稽にさえ思えてくる。
「あなた、この人の現状をおわかりですか?そんな理想を掲げても、今のこの人の状況ではそれはただの絵空事ですよ。」って。


できる人にしたら当たり前かもしれないことだけど、それが全く別次元のことのように思えてしまう現実を生きている人が目の前にいる。


ある人が私の友人に言いました。
「副作用で物忘れがひどくなってしまうのなら、その薬を飲むのをやめてください。」

怖いな、と思いました。

その人は何の権限があってその薬をやめろといえるのだろうか、と。

確かに副作用で物忘れがひどくなることを心配しているのはわかるけれど、その薬によって友人はある症状が和らいでいるのではないか。
それに常用していた薬を急にやめろと何の知識もない人が言うのは危険すぎる。

強い副作用を避けるためにその薬をやめろということが愛なのか、それとも今を凌ぐために副作用に目をつむって手を携え、共に良くなったときのことをわくわくするのが愛なのか。

どちらが弱っている精神力や生命力を鼓舞する助けになるか。


私は叱咤激励なんてしたくない。
ただ彼女の友達でいたい。
彼女にそこにいてもらいたい。
病気のために本意でないたくさんのお薬を飲んで副作用に苦しんでいる彼女のそばにただいたい。
だからきれいごとばかりじゃ生きれない現実を彼女は懸命に生きてるんだって、言いたい。
あなたが彼女なら、どうしてほしい?どうやって、どんなふうに寄り添ってほしい?

ねえ、わかる?


私はいっぱい助けてもらって、いっぱい寄り添ってもらって、いっぱい守ってもらって、いろんな人に全力で愛してもらっている。
だから聞こえるうめきがある。
だから見える真実がある。

だから悲しくなるんだ。
あまりにも世の中が美しさに汚染されて。

ある人たちの目には私が滑稽に映ろうとも、私は苦しむ者と苦しみ、泣くものと泣く人でありたい。
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by pokkaridow | 2013-09-01 01:54
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Life isn't about finding ourselves. Life is about THANKSGIVING to the Lord who create us who we are.
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